アザミのピンクの花が次々と咲き始めました。
雀がいつもより、強い擬音で連続して鳴いていました。
何か察知したのでしょうか。
宮城県のとある村のことです。
東北の震災時、津波と地震で、村ごと全てがなくなりました。
その村は小さくて、そこに住まれている方達の姓は3つ程しかないそうです。
その村の出身の京都に住まれている方とお話ししたことがあります。
震災の年の1月に、ご主人を亡くされ法要等が落ち着いた4月に、京都を離れご実家に帰られる予定にされていました。
3月の震災で、親族やほとんどの知り合いが亡くなられ、故郷が全てなくなり、京都にそのまま一人住まれることになられました。
ご兄弟の遺体の確認の為、その方の唾液を京都府警の方が取りに来られたそうです。
ご兄弟の遺体の確認ができた時、京都府警より電話があったその時、その方と一緒にいました。
京都にいて、震災をとても身近に感じた時でした。
その方と度々、お話しする機会がありました。
当時、ある山で噴火の大きな事故がありました。
登山していた方がたくさん亡くなられました。
その事故の報道を見て、その方が、とつとつとつぶやくように、私に話してくださいました。
私が小さな時とかそのずっと昔は、高い山に人は登らなかったなあ。
どうして登るようになったのかなあ。
山には神様がいるから、人は登ったらあかんのやないかなあ。
村の人たちは、ただ、下から山を見上げていただけだったわ。
そんなお話しでした。
とても心に残っていました。
深い森やジャングル。深い深い深海。
そこには、未だ発見されていない未知の、生命、ウイルスや細菌もいるそうです。
様々な科学の発展や技術で、そんな未開の地にも、人が足を踏み入れることができるようになっています。
かつて、アフリカや先住民族がいる地に、先進国の人が立ち入り、家畜やウイルスや細菌を持ち込み、
絶滅してしまった先住民族もいるそうです。持ち込んだ家畜は全滅したこともあるそうです。
アイヌの方たちも天然痘でかなりの方達が亡くなられています。
自然は美しいだけではなく、様々な脅威もひそんでいます。
ある日、突然、猛威をふるいます。
京都では、ほとんど自然災害がありませんが、
数年前、台風の被害があり、いまだ、ブルーシートの屋根を見かけることもあります。
知り合いの方の無人の隣家は崩れ落ち、路地の道は封鎖されました。
その近くの大通りの道では、屋上にあった物置がそのまま歩道に落ちていました。
その時、もし、その道に人が歩いていたなら、どうなっていたのかと思いました。
この地球は、人間中心ではなく、何もかもが共に存在しています。
人間中心に思考した時、何かが狂い崩れていきます。
長い時をかけて。
この地球の全てと。
共に生きる。
共に存在していく。
たくさんの国、ひとりひとりが考える時にきていると思います。
押し込む。抑え込む。闘う。
強いものだけが勝つ、残る。
淘汰されていく。
強行。
利益優先。
それで良いのでしょうか。
自然豊かな地球に戻ることはできません。
今、どうすれば、共生できるのか。
悩みながらも、日々を生きていく時がきたと思います。