しとしとと雨。
静けさが広がる日。
こんな日もとても好きです。
3歳ぐらいの女の子とお父さんが、車から家へ移動している時に出会いました。
傘をささずに、お父さんは忍者が走る真似をして家に向かい走って行きました。
女の子はケラケラ笑いながら、後ろから同じように忍者のように走って行きました。
また、別のお父さんと女の子。
傘がない様子。
パパ、雨だよ。濡れるからどうしよう。
こういう時は、雨と雨の間をすり抜けて、走って行くのさ!
と、左右にパッパッと揺れながら、(サッカーの相手をかわす感じです)そのお父さんは走って行きました。
女の子は、キャッキャッと笑いながらお父さんの後を走り抜けて行きました。
このお二人のお父さんの対応を見て、私は心が弾みました。
雨だからと傘をさして歩いていたら、面白くなかったかもしれません。
雨=傘をさして歩く。
そんな定型がなく、ユーモアで雨と過ごす素敵な場面に出会いました。
私達も日常のたくさんの定型、常識という枠を思い切って外してみると、
実はそっちの方が楽しく、幸せかもしれません。
若い頃、視覚障がい者の方の外出の援助をするガイドヘルパーの仕事をしていました。
買い物、病院、食事などに一緒に出掛けてます。
ヘルパーというより、一緒に歩きお話しして、同じ位置で共にいることがとても楽しかった思い出です。
上下関係がなく対等でした。
中途失明の方と先天的に失明されている方とは対応が同じではありませんでした。
中途失明の方は、見た経験があるので、説明が簡単になります。
生まれてから一度も視覚の感覚がない。
そうすると色を皮膚感覚や聴覚を言葉で説明して伝えていきます。
盲学校でもその訓練はされてきているので、とても伝わりやすいです。
一度、アイマスクをして、家の中だけでもいいので、移動してみてください。
できるのなら、誰かと腕を組み外を歩き、駅に行きバスや電車に乗ってみてください。
聴覚や皮膚感覚がとても鋭敏になります。
進行方向だけでなく、両サイド、自分の背後の気配にも鋭敏になります。
そして、足の裏の感覚が自分でも驚くほど鋭敏になります。
そして、音にびっくりするぐらい鋭敏になります。
車の音、電車の音、予測のできない急な音には、怖さを感じます。
視覚を使ってどれほど、私達が瞬時に情報を得ているか、体感することができます。
私達は、視覚を通し様々な情報を得て、その後、脳や思考を使い予測をして、危険から逃れています。
感覚、感じることを自分で止めていると、どこかで自覚している方は、
一度、視覚を消して、家の中だけでもいいので、皮膚感覚を研ぎ澄ましてみてください。
身体の感覚、皮膚感覚がどんなものか、実感、体感できるはずです。
その時、自分の心や身体をスキャンしてみると、面白い感覚が溢れてきます。
それを実行してみると、自分の外側や情報、社会に、自分の大切な九割の意識を持っていっており、社会の情報や組織にコントロールされている方は、
主に恐怖、不安の感情が溢れてくるはずです。怒りの感情も出てくるかもしれません。
いやいや、私は客観的になっているさ。そう思いながらも一度、自分自身を深く内観してみてください。
感じられなかった自分が奥から現れてきます。
その時、いかに自分の能力やエネルギーや心、身体を、大きなものにコントロールされていたかが、認識し自覚し、身をもって体感することができます。
昨日のブログの内容に具体的なことを書いたのはこのことです。
話は元に戻ります。
視覚障がい者の方に色や風景、花、洋服(洋服の買い物もあります)etc・・・を説明する時、
自分の皮膚感覚や聴覚を研ぎ澄まし、体感していないと、
言葉で説明できず、なかなか伝わりにくくなります。
オレンジ色→夏、太陽にあたっている時のようで、とても情熱的で明るくて元気になる感じ。南国のイメージ。冬の寒い時、ストーブやこたつのようにポカポカと暖かな感じ。心が暖かになるよう。
こんな感じで説明します。花なら、実際、そっと花びらや葉や茎を触っていただいたり、花の香りを匂っていただきます。
一度、両眼を閉じて、自分自身のたくさんのもの、特に自分自身の内側、深き、身体を感じてみてください!
脳の動き、思考をストップすると、自分の本当の世界が拡がり出しますから。